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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)1166号 判決

控訴人

(附帯被控訴人)

株式会社 岡島

右代表者

岡島哲之助

右訴訟代理人

新野慶次郎

岡島勇

被控訴人

(附帯控訴人)

山本仁太郎

右訴訟代理人

大森鋼三郎

小木和男

主文

本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の、附帯控訴費用は被控訴人(附帯控訴人)の各負担とする。

事実

第一  双方の申立て

一  控訴人(附帯被控訴人)

1  原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

2  附帯控訴を棄却する。

二  被控訴人(附帯控訴人)

1  本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

2  原判決中附帯控訴人敗訴部分を取消す。

附帯被控訴人は附帯控訴人に対し、原判決別紙物件目録その一記録の駐車場用建物につき同目録その四記載の(二)の部分を撤去せよ。

訴訟費用は第一、二審とも附帯被控訴人の負担とする。〈以下、事実省略〉

理由

第一請求原因について

一請求原因1、2の事実、同3のうち、控訴人と被控訴人間に昭和四八年六月一三日本件ビルの建築について合意が成立したこと(但し、その内容は後に認定するとおりである)、同4のうち、本件ビルの北壁面と境界線との距離の点を除く、その余の事実は、当事者間に争いがない。

二右当事者間に争いのない事実に、〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができ〈る。〉

1  本件ビルは、日本パーキング建設株式会社(以下日本パーキングという)が控訴人から請負い、これを設計、施工し、控訴人は昭和四七年一二月二七日地下一階地上七階建とする建築確認を得ていたが、その後計画を変更し、昭和四八年四月二八日地下を取り止め、地上七階建とする建築確認申請をなし、同年五月二九日その確認を得、日本パーキングは同年八月工事に着手し、昭和四九年五月三〇日ころ本件ビルを完成した。

2  被控訴人は、本件ビルの北側隣接地である本件第一土地を所有し、かつ、その地上に所有する建物に居住していた為、本件ビルの建設には絶対反対の態度をとり、昭和四八年二月ごろから具体的に行われた控訴人との折衝に於て、予想される日照阻害、排気ガスの漏れ、通風阻害、強風の発生、圧迫感等を憂慮し、控訴人に対し、建築ビルの階層を低く押えること、或いは階段状の構造にして被控訴人所有地に面する北側部分を低くすること、ビルの北側を全面壁にすること或は窓をつけるとしても最小限にすること、その他工事中の騒音防止等を申し入れたが、本件ビルを地上七階建とする控訴人の構想は変らず、昭和四八年五月五日から二〇日ごろにかけての交渉で、控訴人と被控訴人間で協議が整い、これを覚書として正式に文書化するに際しては、本件ビルとこれに隣接する建物の位置、高さを示す概略の図面を添付することとし、同年六月一三日双方が署名捺印して覚書(甲第一号証、以下本件覚書という)を作成した。

3  本件覚書には(一)控訴人は被控訴人に対し日照阻害(日照通風、採光)及び工事中の騒音に対する慰謝料として一五〇万円を支払うこと、(二)本件ビルを駐車場として使用することにより生ずる公害に対する方策として北側(被控訴人側)の窓は密閉し、自由に開閉できないよう責任を以つて管理することのほか、八項にわたり、本件ビルの建築及びこれを駐車場として使用することにより、被控訴人に生ずべき被害についての合意が記載され、かつ、一一項として(この項が実質上本件覚書の最後にあたる)控訴人、被控訴人の相互に隣接する建物の概略の位置、高さの関係は別図のとおりであるとの記載があり別図が添付されている。この図面の縮尺は二〇〇分の一で、本件ビル、被控訴人所有地内に存する住宅、倉庫等、被控訴人宅の東側にある店舗、西側にある増築ビルの一部(銀峯ビル)、本件ビルと被控訴人宅の間にある清水方居宅、本件ビルの南側と西側にある増築ビルのそれぞれの位置と大きさが示されており、被控訴人所有地(本件第一土地)と本件ビルの敷地(本件第二土地)との境界を赤線で示し、この境界線と本件ビルとの距離は、本件ビルの北西隅(原判決図面一の(イ)'点)において八〇〇(ミリメートル、以下同じ)、北東隅(前同、(ロ)'点、ビルは、大きな矩形の突出部がある形をしているから、北東隅が二つあることになるが、以下特に断じない限り北東隅というときは、右の点、即ち大きな矩形の隅をいう。)において、一〇〇〇とし、本件ビルの高さについては、北西隅が二四M一〇〇、北東隅が二二M六五〇、南東隅が二二M六五〇、南西隅が三一M一〇〇(小さな矩形で囲まれている。)とする数字が記入されており、その他増築ビルの部分三ヶ所にその高さを示す数字が右同様ミリメートルまでの精度で記入されている。

4  本件第一土地と本件第二土地との境界は、昭和四八年三月二八日、控訴人、被控訴人、本件第二土地の前所有者らが立会つて本件第二土地の測量をした際、これを右両地間に存する側溝の中心とすることに争いはなかつたが、本件ビルの北東隅(前(ロ)'点)にあたる部分について地形の関係から、側溝の中心をどこにするか明確ではなく、控訴人の主張に従い、向いの道路から見通して側溝の中心なるものを決め、現地における境界線を確定して、木杭を打ち測量が行われた。

5  日本パーキングは、本件ビル工事に際し、施工技術上可能な限り本件ビルの位置を南側隣地福田方に寄せるように配慮しつつ建築したが、設計の基礎となつた敷地面積より実測面積が不足した為か、設計図ないし本件覚書にあるような、境界との間隔をとることが出来ず、昭和四九年一月末、これに抗議する被控訴人に対し、右間隔を本件ビルの外壁からではなく壁心から計るものと思つたとか、被控訴人所有地内のブロック塀から計るものと思つたとか種々弁解して謝罪した。その後控訴人と被控訴人は、本件ビル完成後の昭和四九年六月三〇日再度境界確認を行い、その際、北東隅(前(ロ)'点)に、側溝の一部が残存していることが判明し、これによつて昭和四八年三月二八日に決めた地点よりも若干控訴人側に寄つた地点を境界である側溝の中心点と決め、両者納得のうえ境界線の東西両地点に境界石を埋没した。しかして本件ビルと右境界線との距離は、北西隅において、0.68メートル、北東隅において0.78メートルである。

6  被控訴人は、控訴人から本件ビルが七階で屋上の手すり部分(高さ1.3メートル)は金網をめぐらすと聞いていたのに、昭和四八年一二月末、控訴人ないし日本パーキングが手すり部分について七階までの鉄骨に継げて更に上へ鉄骨を熔接しているのを発見し、抗議をしたが、控訴人は昭和四八年五月二八日付建築確認済の設計図に従つて、工事を続行し、手すり部分に本件ビルの壁面と同材質のアクリルリシン吹付ALC板をめぐらし高さ1.3メートルの側壁とし、原判決図面二の(1)部分にいわゆるランプウェーを設け、鉄骨柱八本を建てて、その西側全部と北側、南側の一部及び屋根を右ALC板で覆い、高さ3.1メートルの工作物を設置した(本件甲部分)。

7  控訴人は、本件ビルの北側の窓を消防法上の開口部と解していたが、その後消防署の指導で本件ビルの東西に開口部を設けることとし、昭和四九年五月三〇日及び同年六月末山梨県建築主事に対し各階の開口部の変更、建物の配置の変更等を含む一部変更届をなし、同年六月中旬、被控訴人の抗議もあつて、本件ビルの北側窓のサッシュの開閉用レバー(鍵)を熔接し、窓を自由に開閉できないようにした。

なお、被控訴人は、原審における本人尋問において、控訴人からの反対尋問に対し、控訴人と被控訴人との各所有地の境界は、昭和四八年三月二八日には争いがあつて確定しておらず昭和四九年六月三〇日に初めて確定した旨述べているが、弁論の全趣旨によれば、右は被控訴人に有利に確認しあつた後の境界線こそが真の境界であることを強調せんが為にしたものと認めるのが相当であるから、右認定を左右するものではない。従つて本件第一及び第二土地の境界は、昭和四八年三月二八日現地で確定しており、これが昭和四九年六月三〇日若干変更されて再確定されたに過ぎないものと言うべきである。

三そこで次に、本件覚書一一項における「概略」の意味と、本件ビルの位置、高さ、窓に関する合意の内容を検討する。

1  本訴においては、控訴人が昭和四七年一二月二七日付及び昭和四八年五月二九日付で建築確認を受けた本件ビルの設計図は一切提出されていない。建築確認申請書に添付されたものと同一の設計図その他の図面は、控訴人において今後の本件ビルの保守管理上必要であり、当然保管していて然るべきものであり、これらが提出されれば、本件覚書添付図との関係、あいまいな証言の明確化が可能であり、事案の真相解明に資するものである。更に、提出された一部変更届の添付図中には、本件ビルの北側立面図は変更なしということで添付されていない。以上の事情は弁論の全趣旨として以下の認定において考慮すると共に、前掲乙第一号証の一ないし四、第二号証の一ないし六の一部変更届において変更と記載のない部分については、少くとも昭和四八年五月二八日付建築確認申請書添付の図面と同一であると推認しうる。

2 前掲二で認定した事実と前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、昭和四八年四月ころ迄は、被控訴人に対し、昭和四七年一二月二七日付建築確認に基づく設計図に従つて本件ビルの建築計画を説明していたと推認されるが、控訴人と被控訴人が本件覚書の内容について実質的に合意に達した同年五月二〇日ころにおいては第二回目の建築申請がなされていたのであるから本件ビルの設計図は、控訴人の内部において既に確定していたものと思われ、更に本件覚書が調印された同年六月一三日には、同年五月二九日付で第二回目の建築確認を得ていたのであるから、右設計図は当然確定していたのであり、しかも、その後の一部変更届によつても、本件ビルの、高さ、被控訴人所有地に接する北側の位置及び北側の窓について変更はないことが認められる。従つて、本件ビルの高さ、位置は、本件覚書作成当時確定していたもので、その後の変更、移動の余地は全くなく、本件覚書の添付図は、前掲乙第一号証の二、第二号証の二及び三との対比によつても、右述のとおりの確定した設計図に基づき作成されたものと認められ、本件ビルと被控訴人所有地との境界線からの距離については、設計図どおり記入し、本件ビルの高さについては、屋上の周囲の手すり部分及びランプウェー部分を省略して単に七階屋上の四隅のみを拾つてその床面の高さ(南西隅は、エレベーターの高さ)を正確に記入したものであつて、一般の設計図のように詳細ではないという意味においてまさに「概略」ではあるが、右が爾後の変更を許容する意味で用いられたものとは到底認め難いところであり、これに反する原審証人秋山正臣の証言部分は採用しない。

3  本件ビルの位置について

(1) 既に認定判断したとおり、控訴人と被控訴人間において昭和四八年三月二八日、本件第一土地と本件第二土地との境界は確定しており、かつ同年六月一三日本件覚書において、その添付図面に記載のとおり右境界と本件ビルとの距離を東側一メートル、西側0.8メートルとする旨確定的に合意がなされたのであるから、控訴人は被控訴人に対し、右約旨に従つて本件ビルの位置を決め、これを建築する義務があつたものである。

(2) ところで、被控訴人は、昭和四九年六月三〇日に更めて当事者間で確定された境界線を前提として本訴請求をしているが、本訴は、昭和四八年三月二八日に確定された境界線を前提としてなされた本件覚書に基づく債権的な請求であるところ、右境界線について既に認定したとおりの事情がある以上、結局控訴人がどの範囲において本件覚書に定める約旨に違反したか明確ではないというほかないから、他にこれに反する特段の主張・立証のない本件においては、被控訴人の右請求は更に立入るまでもなく、既にこの点において失当というべきである。

4  本件ビルの高さについて

(1) 前掲各証拠によると、被控訴人は、控訴人から手すりの部分は金網で張りめぐらす旨の説明は受けていたが、これを壁面にするとか、ランプウェーが作られ、その部分が高さ3.1メートルの壁面となる旨の説明を受けたことはなく、また、本件覚書の添付図面の高さの数字が、屋上の床面の高さを示すものであることの説明を受けたものでもないことが認められる。成程右添付図面は、屋上床面の傾斜の状態などの記載がなく、甚だ不十分なものであることは否めないが、本件ビルの階層減を要求し、少しでも日照阻害等をくい止めようとしていた被控訴人にとつては、この記載の数字の高さ以上には、日照を阻害する構築物、特に壁は存在しないという意味で重要な意義があつたのであり、被控訴人が控訴人から設計図の十分な開示と説明を受けたならば(控訴人が当時、被控訴人に対し、何故に確認申請中の第二の設計図を詳細に示さなかつたのか、本件覚書の添付図に手すり部分及びランプウェー部分の記入を省略し、これについて何らの説明をしなかつたのかは明らかではない。)手すり部分及びランプウェー部分の壁によつて更に日照等を奪われることを承認したものとは認め難く、かつ後記のとおり、これらの壁によつて、現実に新たな日照阻害が生じていることを考え併せれば、本件覚書において控訴人による明示の表示があつた高さ以外について記載不足、説明不足のあつたことの不利益は、これをなさなかつた控訴人が負うべきものと解するのが相当である。

(2) してみれば、控訴人と被控訴人間における本件ビルの高さについての合意は、本件覚書の添付図面の基となつた第二回目の建築確認済の設計図上の、即ち、これに基づき現に建築された本件ビルの、屋上の床面の高さまでが、控訴人が被控訴人の日照等を壁面によつて完全に奪うことのできる最大限の高さであると認めるべきである。

従つて、控訴人は本件ビルの手すり部分及びランプウェー部分即ち本件甲部分について、被控訴人との本件覚書による約旨に違反しているものであり、被控訴人に対し、これを撤去すべき義務がある。

5  北側窓について

(1) 被控訴人は、本件ビルの北側壁面は、西端から九尺のみについて窓とし、残余は窓のない壁面とする約束であつたと主張し、〈証拠〉には、これにそう部分があり、かつ当審証人二子石宣威も、右合意の有無については、沈黙し、明確には否定せず、前記のとおり、本件ビルの各設計図が提出されないことと北側窓を開口部としていたものをその後変更していることと併せ考えると、被控訴人主張のような合意が成立したことを窺わせなくもないが、本件覚書には、北側の窓は、密閉し、自由に開閉出来ない様にする旨定めているのみであり、被控訴人主張の合意の内容は、本件ビルの構造上の大きな制約と認められるから、当然本件覚書に明記されていて然るべきと思われること、駐車場による公害対策として排気ガス防止及びプライバシー侵害除去の観点からは、必ずしも壁にしなくとも、窓を密閉し、開閉不能にすればこと足りること、〈証拠〉によれば、本件ビルの北側の窓は、明かり採りの目的で設置され、曇りガラスで金網入りの強化ガラスであり、高窓の形式であることが認められることに照らし、本件覚書作成に至る交渉の過程で被控訴人からその主張のような希望の表明がなされ、これに対する控訴人の何らかの応答や、やりとりはあつたかも知れないが、被控訴人主張のような約旨が、契約の内容にまで高められたものと認めさせるに足りる証拠はないといわなければならない。

(2) 本件ビルの北側の窓の開閉用レバーは熔接されて、既に開閉不能となつているものであるが、前掲各検証の結果によれば、窓と窓枠の間や二枚の窓の間に僅かの透き間が存し、この透き間から排気ガスが漏れる危険性があることが認められる。

従つて、控訴人は被控訴人に対し、本件ビルの北側窓について、排気ガスが漏れないよう、約旨に従い、これを密閉する義務があり、その方法として、透き間にパテ等を充填して密閉するのが相当であり、本件ビルの北側窓のうち、本件丙部分の窓についてこれを潰して壁にすべき請求は右の限度で理由がある。

第二抗弁について

〈証拠〉によれば、被控訴人は、控訴人が手すり部分を壁とし、ランプウェーを設けてその壁及び屋根を作つたため即ち本件甲部分によつて、その所有地内において年間を通じて享受し得た日照を新たに奪われる結果となつていること、右日照阻害に伴い、種々の損害が発生し、被控訴人にとつて本件甲部分があることは何ら益するものではないこと、控訴人が手すり部分を金網に替えることは、当初の計画どおりであり、ランプウェー部分の柱、壁、屋根を取り去つても、ランプウェー上り口の床面にプレーチング(鉄格子をはめた排水路)を設ける等、代替の降雨流入防止策を取り得ないではないことが認められ、控訴人において、これが撤去、補修には相当の費用の支出を余儀なくされることは、みやすいところではあるが、被控訴人が日照、通風阻害等を強く主張していた前掲認定経過及び現に日照阻害等が生じている事実、本件甲部分が建物の構造上本質的部分には属しない比較的撤去が容易と認めうる部分であることに照し、被控訴人の控訴人に対する本件甲部分の撤去請求を権利の濫用として排斥することはできず、他にこれを権利の濫用と認むべき事情は認め難い。

なお、被控訴人に対する日照阻害の観点だけからすれば、本件甲部分のうち、本件ビルの南側手すり部分については、これを撤去するまでもないといえない訳ではないが、被控訴人が本件甲部分によつて蒙る被害は日照阻害のみに限定されないというべきであるから、これをもつて該部分の撤去請求を権利の濫用とすべきものとはいえない。

第三してみれば、被控訴人の本訴請求のうち、控訴人に対し本件甲部分を撤去し、本件丙部分の窓を透き間にパテ等を充填してこれを密閉することを求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないからこれを棄却すべきところ、これと結論において、同旨の原判決は結局相当であつて、本件控訴及び附帯控訴は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用及び附帯控訴費用につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(川上泉 小川昭二郎 山﨑健二)

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